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大阪高等裁判所 平成3年(ネ)2574号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  被控訴人は、控訴人らに対し、金二四万一九三五円を支払え。

二  控訴人らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人らに対し、原判決別紙物件目録記載の建物を収去し、同目録記載の土地を明け渡せ。

3  被控訴人は、控訴人らに対し、平成元年一一月一日から同二年三月一日まで一か月一二万円の、平成二年三月二日から右土地明渡済みまで一か月五〇万円の各割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

以下のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決三枚目表一行目の「原告らは、」の次に「被告に対し」を加え、三行目の「ことにし」から「右通知書」までを「旨の賃料増額請求の意思表示をなし、その意思表示」と改め、七行目の「原告らは」の次に「被告に対し」を加え、九行目の「送付し、右通知書」を「送付して契約解除の意思表示をなし、この意思表示」と改める。

2  同三枚目表一〇行目と一一行目の間に、改行の上次のとおり加える。

「 借地法一二条二項によれば、地代の増額について当事者間に協議が調わないときは、賃借人は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める地代を支払えば足りるものと定められているけれども、本件賃料増額請求当時、前回の増額時よりすでに一〇年近くが経過し、本件賃貸地に対する公租公課だけでも月額六万円の地代額を超えていたこと、被告はそのことを十分知っており、右地代額が不相当であることはみずから認識していたこと、従来から被告が原告らからの増額請求に悉く頑なに反対し、訴訟によってでないと増額賃料が決まらなかったという経緯があったこと等の事情からすれば、被告としては、右月額六万円の賃料を相当と認めて支払っていたものとはとうてい言うことができないから、被告には賃料債務の不履行があり、右契約解除の意思表示は有効であって、本件賃貸借契約はこれによって終了するにいたったものというべきである。」

3  同四枚目表四、五行目の「一度もない。」の次に「本件増額請求についても、従前の地代額が借地法一二条二項にいわゆる『相当と認める地代』に当たらないことを被告が自認したことはないけれども、近隣の土地の地代を斟酌した上で相当額の増額には応じる用意があることを原告らに通知していたものである。」を加える。

4  同四枚目裏九、一〇行目の「通知書送付」を「賃料増額請求の意思表示の到達」と、一〇行目「4、5の各事実」を「4の事実及び5の事実のうち条件付契約解除の意思表示が被告に到達したこと」とそれぞれ改める。

5  同四枚目裏末行冒頭の「原告ら」の前に「1 」を、五枚目表二行目と三行目の間に「2 本件賃料増額請求の意思表示は有効か。一部有効とすれば、その限度はいくらか。」をそれぞれ加える。

第三  当裁判所の判断

一  賃料請求について

請求原因1ないし3の各事実については当事者間に争いがないので、まず、争点2について判断することとする。

1  鑑定人佐野幸人の鑑定の結果によれば、昭和五五年八月以降本件土地の公租公課が増額され、地価も著しく高騰したことが認められるので、平成元年一一月一日の時点において従前の賃料額は不相当となっていたものといわなければならない。

2  そこで以下、右時点における相当賃料額について検討するに、右鑑定の結果及び甲第六号証、第一四号証を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件土地は、地下鉄御堂筋線「中津」駅の北東方約六〇〇メートルの地点に所在し、幅員約二五メートルの市道「中津太子線」に沿った間口約一〇・四メートル、奥行約二〇ないし二五メートルの台形上の土地である。

(二) 本件土地の近隣地域は都市計画法上は商業地域であるが、新御堂筋線の高架やJR梅田貨物線、JR東海道本線などが付近で交差し、モータープール、JRバス駐車場等もあって、商業地域としての繁華性に乏しい地域である。

(三) 本件土地の公租公課は、昭和五五年八月当時年額四八万〇一三〇円であったところ、平成元年一一月一日当時これが五四・四パーセント増額されて七四万一二八四円となっていた。

また、本件土地付近での取引事例、大阪府地価調査価格の対前年変動率、大阪府地価調査基準地価格等を参考にして本件土地の地価を査定すると、昭和五五年八月当時七九二七万であったものが平成元年一一月一日当時には六億〇一一二万九〇〇〇円となっており、七・五八倍という異常な上昇率を示している。なお、総理府統計局の消費者物価指数の中の家賃指数をみると、同じ時期における上昇率は三五・二パーセントとなっている。

(四) 右の地価、公租公課及び従前の賃料額を前提とした上、本件土地の所有者保留部分を一〇パーセントとみ、地価から経済的減価率九〇パーセントを控除した額を基礎価格としてこれに期待利回り四パーセントを乗じて算出した純賃料額に必要諸経費を加算すると(積算法)、平成元年一一月一日時点での本件土地の試算賃料額は月額二四万七八九〇円となる。また、前回改定賃料額に前記の地価、家賃指数及び公租公課の変動率の平均を乗じて計算すると(スライド法)、右時点での試算賃料額は月額二〇万九五二〇円となり、異常な高騰率を示す地価変動率を除き、家賃指数及び公租公課の変動率の平均を乗じて計算すると、右時点での試算賃料額は月額八万七〇〇〇円となる(なお、昭和四〇年頃に本件賃貸借契約が締結された際、賃借人から賃貸人に対し権利金が交付されているが、右計算法においてはいずれも、この点を考慮に入れていない。もっとも、授受された権利金の額については、被控訴人は七一四万円であるというのに対し、控訴人らは総額で三五七万二〇〇〇円、二年の分割払いであると争っているところ、そのいずれであるかを確定すべき的確な証拠は見当たらない。)。

以上認定の事実並びに前記争いのない事実(特に前回増額時より経過した期間)を総合し、かつ、異常に高い地価の高騰率をそのまま賃料額に反映させるのは相当でないことを考慮するならば、平成元年一一月一日時点における本件土地の賃料額としては、右権利金授受の事実を考慮に入れても、公租公課の増額率である五四・四パーセントのほぼ二倍に当たる一〇〇パーセント従前賃料から増額した月額一二万が相当であり、本件賃料増額請求の意思表示は全額につきその効力を生じたものというべきである。

そうすると、被控訴人は控訴人らに対し、平成元年一一月一日以降一か月一二万円の割合による賃料を支払う義務を負うこととなったものというべきところ、被控訴人がその後も従前賃料額の一か月六万円を支払っていることは当事者間に争いがないから、平成元年一一月一日から同二年三月一日までの間、月一二万円の割合による賃料の支払いを求める控訴人らの請求は、その差額(合計二四万一九三五円)の限度で正当であるが、これを超える部分は失当といわなければならない。

二  建物収去土地明渡請求及び賃料相当損害請求金について

請求原因5の事実のうち、控訴人らが被控訴人に対し、通告書到達後一週間以内に増額賃料の支払いがないときは、右期間の経過をもって賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、この通知書及び意思表示が平成二年二月二二日被控訴人に到達したこと、しかるに被控訴人が、その後も従前賃料額である一か月六万円の支払いを続けたことは当事者間に争いがないので、以下、争点1について判断することとする。

借地法一二条二項によれば、賃料の増額について当事者間に協議が調わないときは、賃借人は、増額を正当とする裁判が確定するに至るまで、「相当ト認ムル」賃料を支払えば足りるものと定められているところ、本件賃料増額請求の時点における本件土地の相当賃料額が一か月一二万円であったことは前記説示のとおりであるから、被控訴人の支払ってきた一か月六万円の賃料が客観的には相当なものでなかったことは明らかといわなければならない。しかしながら、右法条にいわゆる「相当ト認ムル」とは、客観的に相当であることを意味するものではなく、賃借人において主観的に相当と認めるとの趣旨であると解するのが相当である。けだし、同項の定めは、増額請求された賃料の適正額が判決の確定まで明らかにならず、そのために増額賃料の支払いとこれに関連する賃貸借契約の解除をめぐる紛争が当事者間に生ずる結果となるところから、このような場合の当事者間の法律関係を明確ならしめるため、賃料増額請求後も、賃借人は一応みずから相当と考える賃料を支払えば債務不履行の責任を問われることはないとするとともに、後に適正額が判決で明らかにされたときは、増額請求の時に遡って年一割の利息を付して不足額の支払いをなすべきものとし、それによって当事者間の衡平を図ることとしているものと解されるからである。したがって、賃借人としては、従前の賃料額を支払っているかぎり(これを上回る額が相当であると考えれば、その額を支払えばよいことはいうまでもない)、債務不履行の責任を問われることはないとするのが、右法条の趣旨であるというべきである。

もっとも、この点につき控訴人らは、本件の場合、前回の増額時よりすでに一〇年近くが経過し、公租公課の額だけでも従前の賃料額を上回っていたこと、被控訴人もそのことを認識していたこと、被控訴人自身、従前賃料額がそのままでよいものとは考えていなかったこと等を理由に、被控訴人は主観的にも一か月六万円の賃料額を相当と認めていたものではないと主張しており、前回の増額時よりすでに九年余りが経過し、公租公課の額も従前賃料額を上回っていたことは前期認定のとおりであるけれども、そのような事実があるからといって、増額賃料の適正額がいくらであるかが明らかでないことにはなんら変わりはないのであるから、右法条の趣旨から考えても、被控訴人が従前の賃料額を支払うかぎり、主観的には相当と認める賃料を支払ったものとして債務不履行の責任を問われることはないものといわざるをえない。従前賃料額のままではよくないと考えている以上、信頼関係を基本とする賃貸借関係の当事者としては、いくらかでも従前の賃料額を上回る額の賃料を支払うのが望ましいことではあるけれども、それだからといって、そのようにしないで従前通りの額の賃料を支払ったことが債務の不履行に当たることになるとするわけにはいかないというよりほかない。

そうすると、控訴人らの本件契約解除の意思表示は解除原因を欠いて無効というべきであるから、これが有効に解除されたことを前提とする本件建物収去土地明渡請求及び賃料相当損害金請求はいずれも失当というべきである。

第四  以上の次第で、控訴人らの本訴請求は、被控訴人に対し本件土地の差額賃料合計二四万一九三五円の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきところ、原判決中右の結論と異なる部分は不当であるから、主文を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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